第五話


 二十世紀。
 人類が犯した最大にして最悪の愚行。

 親しい古本屋のオヤジ……

「お前が好きそうなモン入ったから取りに来い」

 それは、1928(昭和3)年に陸軍省醫務局の検定を受け、従軍医や看護兵が前線へ携帯することを目的として作成支給された陸軍衛生マニュアルであった。
 存在を知ってはいたが、実物を見たのは初めてだった。
 このマニュアルには、大きな戦争の小さな記憶が刻まれていた。



 ここに一人の中尉以上とおぼしきモデルが登場する。
 彼は数カットを制作者の意図に従い、カメラの前に立った。
 防毒マスクの石英ガラス越しに、彼はマグネシウムのフラッシュの光を浴びた。
 映像をナリワイとする私は、彼の晴れがましさを読みとる。
 帝国陸軍の前線で、自らの姿をさらす天晴れな気持ちと皇軍を要務を担う重責……


 このマニュアルには、持ち主の記名が削られていた。
 ところが挟み込まれてた紙の小片から、砲兵第××聯隊補充隊第×中隊の従軍兵であることがわかった。
 そして、前線における彼の人生の微かな断片が、見えた。
 正史はもちろん、戦史にも残らない一兵士が、前線で何を見ていたのだろうか。
 何を感じて、何を思ったのだろう……


 この年、芥川龍之介が自殺。
 享年36歳。

 「何か僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安……」『或旧友へ送る手記』より


画像の作成 出来事
1928(昭和3)年頃 1944(昭和19)年頃